手を繋いで歩くことが、こんなにも
自然で、こんなにも心地良いものだと、
あなたと出会って初めて知った。
それまでの私は、手を繋ぐことに
特別な意味を感じたことはなかった。
けれど、あなたと手を繋いだ瞬間、
私の世界は変わった。
それはまるで、心と心が通じ合った
瞬間のようで、安心感と幸福感が
全身に広がった。
あの日、私たちが初めて手を繋いだのは、
確か夜の街を歩いているときだった。
あなたの手が私に伸ばされた瞬間、
私は少し驚いたけれど、拒むことなく
その手を取った。
その瞬間、私たちの間には言葉に
できない何かが生まれたように感じた。
あなたの手は温かく、その温もりが
私の心に染み渡った。
手を繋いでいるだけで、まるで世界が
私たち二人だけのものになったように思えた。
それ以来、私たちはどこへ行くにも
手を繋いで歩いた。
人ごみの中でも、静かな公園でも、
手を繋いでいれば不安は消えていくような気がした。
あなたと手を繋いでいるとき、
私は自分が特別な存在であるように感じ、
あなたとの絆がどれほど深いものかを
実感していた。
私にとって、あなたとの手繋ぎはただの習慣ではなく、
二人の絆を確かめるための大切な行為だった。
しかし、私たちの関係は、普通の恋人同士のような
ものではなかった。
不倫という関係の中で、私たちは常に
隠れながら愛を育んでいた。
外では手を繋いで歩くことさえ許されないこともあった。
周囲の視線を気にしながら、私たちは
手を離すことが何度もあった。
けれど、どれだけ離れても、再びあなたの手を
握るたびに、私たちの絆は揺るぎないものだと
信じていた。
それなのに、今、私はあなたの手を
離そうとしている。
この瞬間が訪れることは、いつか来ると
分かっていたはずだったのに、その瞬間が
近づいてくるたびに、私はどうしようもない
悲しみと不安に襲われた。
「これで終わりにしよう。」
あなたの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
その声は冷静で、感情を押し殺しているように聞こえた。
まるで私たちが過ごしてきた時間が、
すべて夢だったかのように、あっさりと終わりを告げる
その言葉に、私は一瞬現実を受け入れることができなかった。
私たちはお互いに分かっていた。
不倫という関係が、いつかは終わりを迎えるものだと。
私たちはどちらも家庭を持っていて、この関係を続けることが
どれだけ危ういものかを理解していた。
けれど、理解していることと、それを受け入れることは
全く別のことだった。
あなたの手が、ゆっくりと私の手から離れていくのを感じたとき、
私は思わずその手を強く握り返そうとした。
けれど、あなたの手はもう戻ってくることはなかった。
その瞬間、私は本当に一人になったのだと実感した。
二人で歩いてきた道が、まるで一瞬で崩れ去ってしまったような
感覚だった。
私たちが手を繋ぐたびに感じていた安心感が、
今はただの虚しさに変わっていく。
あなたと繋がっていた手が、今はもう二度と繋がることはない。
私たちの関係が終わることを理解していても、心がそれを
受け入れることはできなかった。
その夜、私は一人で家に帰った。
いつもならあなたの手を握りしめていたはずの手が、
今は冷たく感じた。
私たちの手が離れた瞬間から、私の心の中には
ぽっかりと穴が開いてしまったようだった。
何も感じない。ただ、何もかもが無意味に思えた。
誰にも言えないこの関係の終わりを、私はどうやって
乗り越えればいいのだろう。
友達にも、家族にも、この辛さを打ち明けることはできない。
全てが秘密の中で始まり、秘密の中で終わる。
私たちの関係がそうであったように、この痛みも
私だけが抱え続けるしかないのだろう。
それでも、あなたとの思い出が私の中に深く刻まれている
ことは事実だ。
どれほど辛くても、どれほど苦しくても、あなたと過ごした時間は
確かに私にとって特別なものであり、決して消えることはない。
あなたとの手を繋いで歩いた日々は、私の心に永遠に残るだろう。
けれど、今はその手を離さなければならない。
手を繋いでいた温もりを忘れ、前に進むために。
私たちの手が離れたその瞬間、私は確かに一歩前に
進むことを決めたのだ。
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